ブロックチェーンが金融インフラに組み込まれる局面が増え、暗号資産(仮想通貨)市場も単なる投資対象から実用的な金融基盤へと軸足を移しつつある。そうした中、存在感を高めているのが金融機関や政府系機関、大手企業向けにデジタル資産の保管・送金・発行プラットフォームを提供するFireblocks(ファイアブロックス)だ。
同社は2018年に設立。銀行や機関投資家向けに安全なデジタル資産の管理・移転インフラを提供し、グローバルで存在感を確立してきた。
NADA NEWSは1月末、同社で最高戦略責任者(Chief Strategy Officer)とバンキング部門責任者(Head of Banking)を務めるスティーブン・リチャードソン(Stephen Richardson)氏に単独インタビューを実施。来日した同氏にAPAC(アジア太平洋地域)市場や企業ニーズの変化、さらにDeFi(分散型金融)やAIがもたらすガバナンスの課題について聞いた。
APACで進むデジタル資産の実装
──ご自身の現在の役割と、APAC地域についてどう見ているのか教えてほしい。
リチャードソン氏:私は全社のデジタル資産戦略を統括するとともに、銀行やインフラ事業者の市場参入戦略を支援する立場にいる。ユースケースの選定からパートナー戦略の設計、必要な技術基盤の構築などを横断的に調整している。7年ほど前にFireblocksに入社し、創業初期から事業拡大を担ってきた。
APAC市場は現在、デジタル資産の「実装フェーズ」にあると言えるだろう。
米国や欧州ではETF(上場投資信託)やリテール取引、カストディといった分野が先行したが、シンガポールやオーストラリアでのステーブルコイン活用、韓国でのRWA(現実資産)のトークン化など、APAC市場全体で「本番環境」を見据えた動きが加速している。
日本ではすでに暗号資産取引の規制が整備されており、現在は「銀行がデジタル資産からいかに収益を生むか」という、より実務的なステップに移行している。
──顧客のニーズは、この数年でどのように変化したか。
リチャードソン氏:私がAPAC地域での活動を始めた数年前は、「ベースライン・カストディ」が中心だった。ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)を安全に保管することが主な目的で、外部とつながらないパーミッション型の閉じたネットワークが主流だった。
しかし直近では、法人によるブロックチェーン活用への関心が高まっている。背景にあるのはステーブルコインの拡大だ。企業はクロスボーダー決済の効率化、トークン化資産による利回り獲得、業務プロセスの高度化を検討している。
米国ではトークン化マネーマーケットファンド(MMF)の事例も登場し、資産運用会社がファンドのオンチェーン化を進めている。市場は暗号資産取引にとどまらず、法定通貨や実物資産のオンチェーン活用へと移行している。
特に法人・トランザクションバンキング領域の機会は大きい。企業は日々巨額の資金を国境を越えて移動させている。それをより安く、速く、効率的に動かすことが主要な議題となっている。
ステーブルコインとRWAが求める相互運用
──日本でも昨年、国内初となる円建てステーブルコイン「JPYC」が発行された。
リチャードソン氏: ステーブルコインの普及には、異なる銀行やプラットフォーム間で資産をやり取りできる「相互運用性」が極めて重要だ。ある金融機関が発行したコインが他でも受け入れられ、十分な流動性が確保されていなければならない。
また、ドル建てやユーロ建てステーブルコインとの接続も不可欠になるだろう。日本はドル建て一辺倒を望まないと考えられるが、デジタル円の流動性をどのようにグローバルに展開するかは今後の課題になる。
銀行はオンチェーンFXを通じてその接点を担う可能性がある。いずれにしても、JPYCの発行は基盤構築のために重要な一歩だ。
──世界的にRWA(現実資産)のトークン化が進む一方、異なるブロックチェーン同士の接続(インターオペラビリティ)が課題として指摘されている。
リチャードソン氏:現時点では、どのブロックチェーンが業界の標準になるのかはまだ定まっていない。だからこそ私たちは銀行に対して複数のブロックチェーンに対応する「マルチチェーン戦略」を推奨している。
銀行は、オフチェーンにある実物資産をオンチェーン上のデジタル資産に結びつける「ハブ」の役割を担うべきだと考えている。
将来的には、利用者が「どのチェーンを使っているか」を意識する必要はなくなるだろう。ソラナでもイーサリアムでも、背後の技術に関係なくシームレスに資産が移転できる世界だ。私たちは技術提供者として、顧客が求めるあらゆるブロックチェーン間での発行や移転をサポートしていく。
──企業のカストディに対する要求も変化しているのか。
リチャードソン氏:数年前まで企業は、資産が外部に移動しない閉じた環境で管理するモデルを好んでいた。しかし現在では、月間2.5兆ドル規模のステーブルコインが世界中で移動している。
企業が求めているのは、従来の銀行システムのように閉じた環境ではなく、リアルタイムでグローバルに資産を移転できる、スケーラブルで安全なインフラだ。銀行がこうしたニーズに応えられなければ、企業は自ら資産管理を行う「セルフカストディ」や独自のインフラ構築へと向かう可能性がある。
DeFiとAIが突きつけるガバナンス
──企業のデジタル資産活用が広がるなか、DeFi(分散型金融)の利用も増えている。カストディインフラを提供する立場から、この動きをどう見ているのか。
リチャードソン氏:DeFiの「明確な責任主体が不在」という性質は、既存金融のコンプライアンスの枠組みと本来は相容れないものだ。
ただし、DeFiがもたらした「オンチェーンでの利回り創出」や「自動的な担保管理」といった仕組みは非常に革新的だ。特にリテール向けのプラットフォームでは、DeFiを組み込むことで提供できる金融商品の幅が広がりつつある。
もっとも、大企業や伝統的な金融機関が本格的に導入するには、まだ時間が必要だろう。まずはカストディやステーブルコインといった基盤の整備が優先される。現在はBlackRockの「BUIDL」(ビドル)のように、伝統的資産がオンチェーン上でDeFiの担保として使われ始めるなど、興味深いハイブリッドな事例が生まれている段階だ。
当社としても、戦略を使い分けている。リテール向けにはDeFi連携機能を提供する一方、法人向けではまず基盤インフラの強化を優先している。金融機関によるDeFi活用は「時間の問題」だと考えているが、そのためには規制やリスク管理の整理が不可欠だ。
──もう一つの大きな変化がAIだ。AIエージェントによる自動決済も話題に上ることが増えたが、Fireblocksとしてこの潮流をどう捉えているのか。
リチャードソン氏:ステーブルコインを活用し、AIエージェントが自律的に資金を動かす「エージェント・コマース」の世界では、人間がその都度リスクを判断する時間は存在しない。そのため、ウォレット側にあらかじめ高度なガバナンスやポリシー管理機能を組み込んでおくことが不可欠になる。不正な接続や悪意あるスマートコントラクトを自動的に検知し、遮断できる仕組みがこれまで以上に重要になるだろう。
ここで強調したいのは、効率性を追求するあまり、「セキュリティを犠牲にしてはならない」ということ。仮に5秒で送金できても、10回に5回問題が起きるのであれば利用は広がらない。スピードと同時に、確実性と信頼性を担保することが重要だ。
スピードと安全性が両立して初めて、デジタル資産はメインストリームの決済手段として広く利用されるようになる。AIによる資金運用やオンチェーン決済はまだ初期段階だが、今後大きく拡大する可能性がある。当社は、効率性と安全性を両立するガバナンス設計を進化させ、信頼の基盤を技術で提供していく。
|インタビュー・文:橋本祐樹
|撮影:NADA NEWS編集部



